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ミルの方法


ある原因からもたらされる結果を特定したい、ということはよくある。そのような因果関係を調べるときには、通常2つの手順を踏むだろう。まず特定の原因から影響を受けた可能性のある結果を全て並べ、そこには実際に影響を受けた結果が含まれるとする。続いて疑わしい結果を省いていく。そうすると残った結果は尤もらしいと考えられる。
これらの手順の一番目は帰納により、二番目は消去法で演繹となる。全体では帰納による推論である(3.3帰納と演繹) しかし例えば、ある病気においてこのように結論をつけたとしよう。その後さらに別の病気が発見され、症状が非常によく似ていたとする。しかし原因が同じだとは限らない。このような場合は、複数の疑わしい原因から、 真の原因を特定をしなくてはならない。
病気を例とした場合、単純にはウイルスが原因で、症状が結果という関係が成り立つ。前述から同じ症状でも異なるウイルスが原因である可能性は考えられる。また複数のウイルスによって発症する病気もあるかもしれない。つまり症状とウイルスの因果関係を明らかにしようとするならば、消去法的に4つのアプローチから考えなくてはならない。このような研究は、19世紀にジョン・スチュアート・ミルによって行われた。ミルは5つの方法を提唱したのが、5つ目の剰余法は他の4つと繋がりがないので、ここでは述べないでおく。

 

1.一致法

一致法は可能性のある必要条件から疑わしいものを省いていく演繹の手順である。結果Eにおいて事象Cは必要条件であるなら、EはCがなければ起こらない。そこでまず可能性のある必要条件をC1,C2…と抽出し、それらの条件下でEが起こっている。もしEが起こっているときに、ある事象Cが起こっていないならば、その事象は省く。繰り返すことにより、残った事象CはEに対して必要条件である可能性が高い。

[例題]

ある疾患Eの必要条件を考えてみよう。ウイルス媒体V1からV5までがEに対して必要な可能性がある。Eを発症した患者P1からP4までで検出されたウイルス媒体は以下の表のようになる。疾患Eの必要条件はどのウイルス媒体か?

患者 検出されたウイルス媒体 疾患
P1 V1,V3,V4 E
P2 V1,V4,V5 E
P3 V1,V2 E
P4 V1,V5 E

[解答]
全ての発症している患者には、V1がある。よってV1はEの必要条件と推定される。

実際の論証は以下の手順で導きだされる。
(1)もしV1からV5にEの必要条件が含まれているならば、V1はEの必要条件である
(2)V1はEの必要条件である
(3)V1からV5のなかにEの必要条件が含まれている
(4)疾患EはF1…Fnの特徴がある
(5)周知のEと似ている疾患はF1…Fnの特徴がある
(6)周知のEと似ている疾患にはウイルスが必要条件である
(7)疾患Eにはウイルスが必要条件である
(8)患者1から4からは、ウイルスV1からV5までしか検出されていない

logic9_Mill1
一致法で導きだしているのは(1)だけである。この論証の妥当性は全ての前提が真であることと類推による。もし(8)が真でないとすると、論証そのものは信頼できなくなる。また類推そのものが必ずしも真ではないことも忘れてはならない。実際この論証は非常に弱い妥当性でしかない。もし妥当性を高めたいなら、もっと多くのデータによって判断しなければならないだろう。
一致法は疑わしい必要条件を全て省くという手順である。よってより多くのデータに曝されたとき(3),(7),(8)は偽になるかもしれない。例えばウイルス以外の必要条件が考えられる、あるいは疾患Eに対してV1でない別のウイルス媒体が検出されたときなどである。そうすると我々はさらに可能性のある条件を調べなくてはならない。

2.差異法

必要条件でなく十分条件を調べたいとき、差異法を用いる。十分条件がCならば、Cであると常にEという結果となる。もしCであるのにEでないならば、それは十分条件ではない。そのようなCを省いて残ったものが十分条件である可能性が高い。

[例題]

ある人々がピクニックで5種類の食材(F1-F5)を含むランチを食べた。そこで多くの人が食中毒になった。対象者2人のランチの食材を調べた結果は以下の表にある。Pは食中毒が起こった結果を表す。Pの十分条件はF1からF5のうちどれか?

対象者 ランチに含まれた食材 結果
人物1 F1,F2,F3,F4,F5 P
人物2 F2,F3,F4,F5 none

[解答]

F2からF5までの食材を含むランチを食べた人物2は発症していない。よってF2からF5はPの十分条件ではない。人物1はF1を含むランチを食べて発症したことから、F1がPの十分条件であると推定される。

この論証はサンプルが少なすぎるため妥当性は非常に弱い。さらに必要条件を導くときのように、類推を行えるデータもないため、演繹で導くこともできない。また多くの食中毒はいくつかの食材の組み合わせによって発症するため、F1とF2が組み合わさって発症したという可能性も考えられる。差異法は十分条件を絞り込むために用いられるのだが、今回の例題から確実に判断できることは、F1からF5のうちF2からF5が十分条件でないということだけである。

 

3.一致差異併用法

一致差異併用法は必要十分条件を絞り込む考え方である。もし原因Cが結果Eの必要十分条件であるなら、Cであるなら結果は必ずEであり、結果EはCなしでは起こりえない。従ってCなしでEとなるもの、またEであるのにCでないものを全て省いていくことで、必要十分条件が絞り込まれる。

[例題]

ある大学寮の一室でテレビの電波障害があった。電波障害の必要充分条件と考えられる電化製品は以下の4つであり、それぞれの組み合わせで電波障害の有無を調べた結果が以下の表のようになった。電波障害の必要十分条件は何か?

S:電気カミソリ
H:ドライヤー
D:アイロン
W:洗濯機
I:電波障害

組み合わせ 結果
1 H,D,W I
2 D,W I
3 S,H,D,W I
4 S,H none
5 W,S none

[解答]

Dを使っているときに全てIとなり、Iとなっているとき全てDを使っている。従ってDはIの必要十分条件と推定される。

この論証の弱い点は選ばれた電化製品の中に必要条件が必ず含まれている、という前提がないところである。またDとWが双方組み合わさって電波障害を発生させている可能性が残ることだろう。

 

4.共変法

共変法は前述3つの方法とはことなり、単に原因と結果の有無を調べるだけに留まらず、相関関係を調べる方法である。ある特定の量が変化したとき、結果となる別の量が一定基準で変化したとき、それらは相関があると考えられる。

[例題]

ある植物が急激に成長した。成長に影響を与えた可能性のある要因は以下の4つである。

S:日光
W:水
F:肥料
T:温度

成長量はGであらわし、量の増減は+-をつける
G:成長量(G+,G-)

これらの条件のうち、水以外の条件は量が変化していない。結果は以下の表のようになる。

組み合わせと状態 結果
1 S,F,T,W G
2 S,F,T,W+ G+

成長に影響を与えている条件は何か?

[解答]

他の条件は変わらず、水が増加したときのみ成長量が増加している。よって水と生長量には相関がある。 ただしサンプルが少ないので、さらに妥当性を持たせるためには、

3 S,F,T,W- G-

というように、Wが減少したときGも減少するというデータがあればよい。

最初の3つの方法ではS,F,T,Wの条件が同じであるため、何の結論も見いだすことはできない。共変法は前提条件の変化が結果に影響を与えるかを検討できる。ここで”結果が一定基準で変化”することを忘れてはならない。例えばケース3がW-であるのにG+という結果なら、相関しているとはいえない。

論証の評価

3.1 評価基準

論証には様々な目的があるのだが、主要な目的は結論の真偽と妥当性を証明することだろう。典型的には結果が目的に応じて成功したか失敗したかの度合いによって判断される。この章ではそのような判断について、4つの基準に基づいて考えてみよう。

論証の評価基準

  1. 全ての前提が真であるか
  2. 真の前提が与えられたとしても、結論は最低限の妥当性を確保しているか
  3. 前提は結論と関連性はあるか
  4. 結論は別の新たな前提によって影響を受けないか

これら4つの基準は全ての論証に当てはめるわけにいかない。例えば真偽に関わらず一連の前提からある結論を得たいだけの場合があるかもしれない。その場合は1の基準は適用できない。もちろん3や4の基準も同様に適用できないだろう。そのような場合を除いて、ここではより典型的な結論の真偽と妥当性を得る事を目的とした論証を扱うとしよう。

3.2 前提の真偽

基準1はそれ自体が論証の評価に貢献するわけではなが、評価を始めるときには最初に行うと良い。どんなに良い論証であろうとも、前提が偽であったなら結論を真とは断定できないからである。

【例題11】次の論証を基準1と照らし合わせてみよ

今日全てのアメリカ人は孤立主義者であるから、21世紀末には合衆国は民主主義の擁護者としての立場を維持できないだろう。

【解答】

“今日全てのアメリカ人は孤立主義者である”という前提は明らかに間違っている。従って合衆国が民衆主義の擁護者としての立場を維持できないという結論はなりたたない。注意すべき所は、決して結論が偽であると断定できるわけではないということだ。しかしこの論証そのものが結論の真偽には何の貢献もしていない。もし結論を導こうとするなら、注意深く合衆国の主要な政策の歴史を研究するというようなことをしなければならないかもしれない。

 

1つ以上の前提の真偽が分からないなら、少なくとも結論の導出が間違っている。そのような場合、基準1を適用するには不十分な情報しかないく、結論を導くにはより進んだ情報が必要となるだろう。

 

【例題12】次の論証を基準1と照らし合わせてみよ

銀河系には多くの進んだ地球外文明が存在する。
これら多くの文明は地球で受信することのできる強力な電磁信号を(度々)発信している。
よって我々は地球外文明からの信号を受信することができる。

【解答】

全ての前提は真偽が明らかではない。従って結論が正しいとは決して判断できない。

基準1は前提の真偽を問うだけのものであるが、実際の会話などではそういった真偽を検討せずに結論に至ることが多い。しかし前提の真偽が明らかでない場合は、主張者は結論を導くために前提を立証するための根拠を用意しなければならない。

 

3.3 帰納と演繹

基準2は結論の妥当性を判断する。この時新たに帰納演繹という分類を用いて考えよう。演繹は結論を導くための前提全てが必須である。もう少し正確に言えば、前提が真であるなら結論が偽となるこては絶対にない。一方帰納は前提と結論は関連こそあるが、それは可能性の範囲であって、必ずしも結論が真となるわけではない。

演繹と帰納については確率を用いると考えやすい。確率は0から1の範囲における数値であり、1ならば必ず発生する。0のときは全く起こらない。帰納の場合確率は1未満であり、結論には偽の可能性が残る。演繹は伝統的に本来の意図を超えて拡張されている。そのため演繹が有効か有効でないかはの判断が必要となる。その議論は後の章で解説していくとして、ここでは演繹と帰納という分類を用いて、前提が結論にどの程度影響しているかを考えてみよう。

【例題13】次の論証を演繹か帰納かに分類せよ

  1. 人間は時間を止めることができない。あなたは人間だ。従ってあなたは時間を止めることができない。
  2. 雨が降るときは大抵曇っている。今雨が降っている。だから今曇っている。
  3. 翼のある豚は存在する。全ての翼あるものは歌う。従って歌う豚が存在する。
  4. 誰もが民主主義か共産主義か、あるいは愚か者だ。議長は共産主義ではない。また議長は愚か者でない。よって議長は民主主義だ。
  5. 化学的に塩化カリウムは非常に食塩と似ている。だから塩化カリウムは食塩と味が似ている。

 

【解答】

  1. 演繹
  2. 帰納
  3. 演繹
  4. 演繹
  5. 帰納

3の問題のように前提も結論も明らかに間違っているものがある。しかし前提から結論への過程は演繹であり、間違っていない。このように前提や結果の真偽と、その過程については分けて考えると良い。なぜなら多くの場合は前提の真偽に力を費やすばかりに、結果の妥当性に繋がらないことがあるからだ。

 

【例題14】次の論証を基準1と2を通して評価せよ

全ての人は唯一の血縁の父を持っている。
全ての兄弟は同じ血縁の父を持っている。
誰もが自分自身で血縁の父となることはできない
よって自身が血縁の父でありながら、その兄弟であることは誰にもできない。

【解答】

論証は妥当である。(全ての仮定は真であり、かつ演繹である)
演繹であるかぎり前提が偽ならば結論は真になりえない。しかし実際に真となりえないというわけではなく、あくまで論理的にありえないということを注意していただきたい。

 

【例題15】次の論証は演繹か?

トミーはウォールストリートジャーナルを読んでいる。
だからトミーは3歳以上である。

【解答】

現実問題として3歳以上であればウォールストリートジャーナルを読めるわけではない。それでもこの場合は結論の導き方には矛盾はない。従って結論が間違っていても、論理的には妥当となる。一方演繹の場合,全ての前提条件が真ならば必ず結論は真となる。従って、例題はたったひとつの前提では結論を導くには乏しく演繹とはいえない。
例題にひとつの前提を追加してみよう。

ウォールストリートジャーナルを読む全ての人は3歳以上である。
トミーはウォールストリートジャーナルを読んでいる。
だからトミーは3歳以上である。

これなら前提条件が真であるかは別として、演繹としてなりたっている。

 

これまでの例は前提から結論への道筋が一つだけの単純な論証であった。それでは複数の演繹や帰納から成り立つ論証はどうだろうか?そういった場合もやはり単純な過程の評価をきちんと行い、全体を判断するしかない。もちろん全ての論証を評価できる基準があるわけではないが、結論の妥当性へと導く手助けにはなるだろう。

  1. 複数の論証が連言により導かれる場合、結論は最も弱い過程と等しくなる。
  2. 複数の論証が選言により収束し、全て強い帰納であった場合、結論の妥当性は強い帰納となる。
  3. 複数の論証が選言により収束する場合、いくつかの過程で最も強い論証が結論の妥当性と等しくなる。
  4. 全てのステップが演繹であるなら、結論は演繹となる。

 

【例題16】次の論証を図に表し評価せよ

1[全ての化学的に分解不能な粒子は亜原子粒子か原子である。]2[銅の最も小さな粒子は化学的に分解不能であり、]3[それらは亜原子ではない。]従って4[銅の最も小さな粒子は原子である。]そして5[最も小さな粒子が原子である物質は元素である。]だから6[銅は元素である。]さらに7[元素でありながら合金はありえない。]よって8[銅は合金ではない。]

【解答】

logic3_3ex16

3つの過程が全て演繹であるので、結論は演繹となる。以後このように各過程の評価と最終的な結論の評価を四角で囲って表す。

 

[例題17] 次の論証を図に表し評価せよ

 

1[アメリカ合衆国の無作為に50の炭坑を調査したところ、39の炭坑が連邦安全基準に違反していた。]その結果から推察すると、2[アメリカ合衆国内のかなりの炭坑が連邦安全基準に違反している。]3[全ての連邦安全基準は連邦法に基づいているので、]4[アメリカ合衆国のかなりの数の炭坑が連邦法に違反しているだろう。]

 

【解答】

logic3_3ex17

最初の矢印は1の前提から導きだされた強い帰納であり、次の矢印が2と3を前提とする結論4は演繹である。全体としてこの論証は帰納であり、最も弱い矢印が強い帰納であるので、結論も強い帰納となる。最初の前提は無作為に50のサンプリングを行い、39が対象となったのであるから、比率としては相当高い。よって強い帰納と判断できる。しかし統計学的にはサンプリング方法などに詳しい根拠が必要かもしれない。

 

[例題18] 次の論証を図に表し評価せよ

1[車種Aと車種Bは機械的な視点からほとんど同じ特徴を持つ。]2[車種Aは油圧クラッチであることから]、3[車種Bもそうである。]しかし4[油圧クラッチはオイル漏れによる機能障害の傾向がある。]従って5[車種Aも車種Bも不十分な設計をされた車である。]

【解答】

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1と2から3を導く過程は強い帰納である。しかし2と3と4の前提から最終的な結論である5を導く過程は弱い帰納となる。なぜなら他の油圧クラッチでない車種の例がないことや、油圧クラッチのみで不十分な設計と言うには、全ての車種を考慮すると乏しい根拠である。結果として連言により強い帰納と弱い帰納が繋がっており、最終的な結論は弱い帰納となる。

 

[例題19] 次の論証を図に表し評価せよ

1[カンプソン婦人は年寄りで病弱であり]、2[スミス氏を撲殺するほどの体力ありそうにない。]さらに3[殺人現場を目撃したときカンプソン婦人ではなかったという理性的かつ信頼できる2つの証言もある。]そして4[カンプソン婦人にはスミス氏を殺す動機がないし]、5[動機なしにスミス氏を殺すことは考えられない。]よって6[彼女はスミス氏殺害には無関係である。]

【解答】

logic3_3ex19

結論は選言によって収束している。それぞれの過程は強い帰納である。どれかひとつが欠けたとしても、他の根拠には影響しないが、全ての根拠が収束されて結論が導かれていることから、結論の妥当性は非常に高い。

 

[例題20] 次の論証を図に表し評価せよ

1[あなたの友達はみんな不良です。]そして2[ジェフも不良だから]、3[彼はあなたの友達でしょう。]でも4[不良は良い友達とはいえないわ。]だから5[ジェフはあなたの友達にふさわしくないと思うわ。]

【解答】

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全ての不良が友達というわけではないことから、1と2から導かれる3の結論は弱い帰納となる。しかし3と4の前提から導かれる結論は演繹であり、最終的な結論も演繹となる。これは前述した基準とは異なる結果だが、このような場合もあることを覚えておこう。つまり不良が良い友達といえないことと、ジェフが不良であるなら、彼が友達であろうとなからおうとジェフが良い友達とはなりえないことになる。このような場合は文脈から判断する必要があるだろう。

3.4 関連性

全ての前提が真であり、帰納または演繹に依り導かれた十分な論証であったとしても、前提と結論に関連性がなければ、結論を真とはいえない。これを関連性の誤謬という。次の例を見てみよう。

[例題21] 次の論証を基準3も含めて評価せよ

僕は全能の創造者がいるという考えが嫌いだ。
だから神は存在しない。

【解答】

個人がその考えが好きか嫌いかということと、神が存在するかしないかという問題には関連性がない。よってこの論証では結論を導くことができないと判断できる。

関連性を判断するには、結論を導くために必要な前提であるかを調べなければならない。通常会話の中でもよく見られることだが、一見すると論理的に正しいと誤解される場合が多い。例えば次のようなものがあるだろう。

  • 個々が存在するか、あるいは何も存在しないかだ。
  • たばこを吸わない人は非喫煙者である。
  • 2+2=4
  • もし雨が降っているなら雨が降っている。
  • 全てはそれ自体が理想的である。

前提から結論が導きだされる過程で論理的必然である場合がある。演繹は前提が真であるなら結論も真となるのだが、さらに論理的必然の場合は真にしかなりえない。これらの中にはトートロジーといって、結論を導く前提が結論と同等である場合も含まれる。しかし根拠と結論が同等であるなら、関連性があるのではなく同等であるということである。

 

[例題22] 次の論証の妥当性と関連性を評価せよ

黒い羊がいる。
白い羊がいる。
∴もし何かが猫ならば、それは猫である。

【解答】

前提と結論には関連性がないけれども、結論はそれ自体が論理的必然であり演繹で真となる。

この例で注意して欲しいのは、前提と結論に何の関連性もないにも関わらず、結論はそれ自体が必然であるため真であるということだ。推論の目的が結論を得ることである限り、この例題の論証は真であるという他言いようがない。

 

[例題23] 次の論証の妥当性と関連性を評価せよ

この本は900ページ以上ある。
この本は800ページ以下である。
∴この本はとても難解である。

【解答】

900ページ以上であり、かつ800ページ以下ということはありえない。よって結論は演繹で偽である。さらに前提と結論には何の関連性もない。

論理的必然である場合と反対に、論理的矛盾という場合もある。論理的矛盾が生じると、結論は偽となる。さらに矛盾が生じるときの結論は必ず演繹となる。なぜなら帰納である場合は、矛盾が生じた場合でも可能性であり、結論には必ず真か偽の両方の可能性が残っているからである。

良い論証は全ての前提が真であり(基準1)、強い帰納か演繹で導かれており(基準2)、しかしまた強い関連性を持っている(基準3)。多くの論証は基準3の関連性を欠いている場合が多いが、それは全てを正確に特徴付けることが困難だからである。近年”関連論理”という分野で研究も進められているが、ここではこれ以上は深く触れず、より古典的な論理について話を進めるとしよう。

3.5 全ての根拠の必要性

帰納による論証が演繹とは大きく異なる点として、新たな根拠に対して脆弱であることが挙げられる。演繹の場合は新たな根拠があろうとも、論証の妥当性は影響を受けない。しかし帰納の場合は対照的に、新たな根拠に晒されることで妥当性の確率が変化する。

[例題24] 次の論証を評価せよ

英語を流暢に話すロシア人はほとんどいない。
セルゲイはロシア人だ。
∴セルゲイは英語をうまく話せない。

【解答】

結論は強い帰納により妥当である。また前提と結論にも強い関連性がある。

 

[例題25] 次の論証を評価せよ

英語を流暢に話すロシア人はほとんどいない。
セルゲイはロシア人だ。
セルゲイはアメリカの大学に留学していた。
アメリカの大学に留学をしたほとんどの生徒は英語を流暢に話せるようになっている。
∴セルゲイは英語をうまく話せない。

【解答】

この論証は例題24にさらに二つの前提が加わった。前提と結論の関連性は強いままであるが、結論の妥当性は弱くなることが分かるだろう。なぜなら追加された前提は以前の前提の反対の結果を表すものだからである。今回の前提条件を踏まえると、「セルゲイは英語をうまく話せる」という結論が妥当であろう。

 

このように、帰納による論証は常に新たな前提により脆弱となる。もし演繹の前提、例えば「セルゲイは流暢に英語を話すと知られている」と付け加えれば、どのような前提が加わろうとも「セルゲイは英語をうまく話せる」という結論になるだろう。

言い換えて説明するなら、帰納とは結論の妥当性が確率で表されるため、常に真か偽かの二つの可能性を伴うということである。そのため新たな前提に晒されることで、その真偽の確率が変化することになる。評価基準の4番目である全ての根拠の必要性とは、帰納による論証において、結論に必要な考えられる根拠が揃っているか?ということである。もし必要かつ結論に強い影響を与える根拠を省略していた場合、”限定的根拠の誤謬”といえる。

 

[例題26] 次の論証の妥当性と関連性を評価せよ

多くの猫はアパートでも飼える。
猫は可愛く愛されている動物である。
∴この猫はペットとしてふさわしいだろう。

【解答】

この論証は基準1~3までは満たしている。前提は真であり結論との関連性もある。強い帰納としての妥当性も確保されている。しかし特定の猫についての結論であるため、”この猫”についての新たな前提が追加された場合(例えば「この猫は攻撃的な性格だ」というように)、非常に脆い結論となるだろう。

 

ここで注意していただきたいのは、限定的根拠の誤謬は決して2.5で述べた隠された前提とは異なるということである。隠された前提は、主張者があえて隠している前提、つまり既知のものであるので、結論の妥当性に影響を与えるものではない。限定的根拠の誤謬の場合、主張者は意図してか、あるいは知らずにだとしても、結論に影響を与える根拠を省略してしまっているのである。

 

[例題27] 次の論証を評価せよ

ある少年において、緊急医療処置が迫られている
AB型の血液型は非常に稀である。
∴その少年はAB型ではないだろう。

【解答】

この論証は強い帰納で妥当性があり、前提と結論にも十分な関連性がある。さらに緊急という制限された中での根拠は揃っているといえるだろう。

例題27について、緊急医療処置の迫られている場面でなければ、血液検査の結果が重要な根拠となるだろう。緊急事態でも簡易な検査方法がなかったのか?という疑問が挙げられるかもしれない。しかし、少なくともこの論証における判断において、論理的に誤っているとはいえない。なぜなら、ここではより良い選択が求められているのではなく、論証として妥当であるかどうかが問題であるからだ。

 

隠された前提または結論

次の例を見てみよう。

【例題8】

1[大統領の側近には情報を漏らすものはいないはずだ。]しかし2[情報がメディアに漏れてしまった。]

二つの陳述は下に示す隠れた結論の前提となる。

3[情報をメディアに漏らした側近がいた。]

【解答】

logic2_5ex8

隠された前提や結論は、主張者の意図を完成させるために、論証全体を読み取る必要があるときのみ考えるべきである。よって主張者が明らかに意図しない場合はどんな陳述も加えてはならない。これらの前提や結論は、あくまで主張者に対しての善意であり、また我々がその意図を汲み取るために必要となるものである。

 

【例題9】

1[もしあなたが友達なら陰口なんて言わないでしょう。]

【解答】

たったひとつの前提しかない。しかしここから導きだされる結論を見てみよう。

まず隠れた前提として2[あなたは陰口を言った。]が考えられる。続いて結論は3[あなたは友達ではない。]ということが分かるだろう。

logic2_5ex8

 

【例題10】

1[エンジンから漏れている液体は水だ。]2[エンジンから漏れる液体は水とガソリンとオイルしかなく、]見たことろ3[液体はオイルではないが分かる。]4[なぜなら粘性がないからだ。]5[さらにガソリンでもないことは]6[臭いがないことから分かる。]

【解答】

この例題には3つの隠された前提がある。まず4の前提からは、7[オイルは粘性がある。]という前提が考えられるだろう。同様に5の前提を主張するための6の前提からは、8[ガソリンには臭いがある。]ということが考えられる。結論は1であることは明白だが、さらに9[液体がエンジンから漏れている。]という前提を追加する方が良いだろう。

logic2_5ex10

様々な例題を通して、論理には構造があることが分かった。今後図だけでなく、記号を用いた論理も解説していくため、図による論理構造の表現に慣れるとよい。図や記号で表すことは、文章のみで考えるより遥かに生産性が高く、かつ重要な真理の発見にも貢献しているのである。

論理図

論理図は関連し合う論理構造の理解を助けてくれる。手順としてまず各一連の前提や結論となる文章に番号を振る。最初の推論に必要な前提の番号を横に並べて下線を書く。その下に最初の結論となる番号を書き、矢印でつなぐ。あとはその結論が他の結論を導く前提となるように繰り返す。

【例題4】

1[今日は火曜日か水曜日だ。]しかし2[水曜日ではありえない。]なぜなら3[今朝病院は開いており]、4[その病院はいつも水曜日に閉まっているからだ。]従って、5[今日は火曜日に違いない。]

【解答】

logic2_3ex4

3と4の前提から水曜日でないという結論が導かれた。その結論が2であり、1の前提と共に5の結論に至っていることが分かる。論理図に表すことは、文章で説明するより容易であることが分かるだろう。

 

【例題5】

1[ワッツはロサンゼルスの中にある。]そして2[アメリカ合衆国内にある。]ということは3[先進国の一部だということだ。]4[従ってワッツは第三世界ではない。]5[第三世界というものは著しい発展途上国によって形成されており]、6[発展途上国は先進国には定義されないからだ。]

【解答】

 

logic2_3ex5

 

2.4 論証の収束

いくつかの手順を経て、最終的に一つの結論に辿り着いた場合、論証は収束したことになる。今まで挙げられた例は全て結論に収束する矢印は一本だった。しかし、後に示す例題のように、結論へと繋がる前提が複数ある場合もある。その場合はそれぞれの前提から矢印を結論へ向けて書けばよい。

【例題6】

1[鈴木一家は家に居るに違いない。]2[玄関の扉が開いているし、]3[車は駐車場にある。]4[さらに窓からちらついた光が見えたので、]5[テレビもついている。]

【解答】

logic2_3ex6

2・3・5の前提はそれぞれ独立しており、どれかひとつでも結論1を導くことができる。例題5までの前提では、どの前提が欠けても論証は成り立たない。このような論証を”連言”という。一方例題6で示したように、前提のどれか一つでもあれば結論を導けるが、それらが複数繋がっている論証を”選言”という。選言は結論に繋がる矢印が複数存在することで区別をすることができる。

【例題7】

1[ライオンズは最終戦で負けそうだ。]なぜなら、2[主力のクォータバックが膝の怪我で控えにいて、]3[2試合を負けたことにより士気も下がっている。]それに4[今回は地方でのゲームで]5[彼らはシーズンを通して地方では成果が上がっていない。]もし今回負ければ、6[コーチは解雇されるだろう。]しかし、そういったことだけが7[彼の地位を危険にしている]わけではない。なぜなら8[彼は何人かの選手の薬物乱用に目をつむっていた]こともあり、9[選手に薬物を使用させて地位を失わなかったコーチはいないからだ。]

【解答】

logic2_4ex7

前提と結論の特定

論証は一連の前提によって導かれた結論で成り立つ。こういった前提や結論には、文章の中で特定のできる識別語や句、あるいは節があるものだ。例えば、前提であるなら「なぜなら」「~なので」「事実として~が考えられる」などがそうである。また結論を導くときには「従って」「結果として」「~ということが分かる」などがある。このような文節や句を読み解くことが、論理構造を理解する第一歩となるが、実は日本語の特性上難しい。実際英語の方が論理的に書くにも読むにも、向いている言語であることは否めないことである。

いくつか例題を出そう。次の文章から前提と結論を分析する。

【例題1】

アルゴンは化学反応そのものが困難な物質である。また金もわずかな化合物しか存在しない。従って金とアルゴンの化合物は研究室はおろか自然界でも生成されにくい。

【解答】

アルゴンは化学反応そのものが困難な物質である。

金もわずかな化合物しか存在しない。

∴金とアルゴンの化合物は研究室はおろか自然界でも生成されにくい。

まず「従って」の後が結論であることに注目する。それ以前の2文が前提となるのだ。

【例題2】

偽政者というものは存在する。なぜなら、赤字国債を埋めるためには増税すべきだと主張しながら、一方で選挙資金を浪費しているからだ。

【解答】

赤字国債を埋めるためには増税すべきだと主張している。

選挙資金を浪費している。

∴偽政者というものは存在する。

この例のように、結論が最初に来る場合もある。「なぜなら」の後に前提が来ることを読み取れば、結論はその前にあることに気付くだろう。

【例題3】

全ての有理数は整数の比で表すことができる。しかしπは整数の比で表すことができない。従ってπは有理数ではない。だが明らかにπは数値である。よって少なくとも一つの無理数が存在する。

【解答】

全ての有理数は整数の比で表すことができる。

πは整数の比で表すことができない。

∴πは有理数ではない。

πは数値である。

∴少なくとも一つの無理数が存在する。

少し複雑になった。最初の2つの前提からπは有理数でないという結論を得た。今度はその結論が前提となり、最終結論が導かれる。このように前提を得るために別の論証が必要な場合もある。

論証とは何か

最も有名な三段論法の例を見てみよう。

  1. 全ての人間は死ぬ
  2. ソクラテスは人間である
  3. 従ってソクラテスは死ぬ

この例から3の結論を得ることができる。まず論理とは結論が存在するものだと覚えていて欲しい。何かしらの結論を得ることが目的であって、もし1と2だけなら、それはただの文でしかない。「ソクラテスは死ぬ」という結論は、1と2が正しい限り間違いのないことだと分かるだろう。これら1と2のことを「前提」という。

そのようなことは論じなくても分かる、との声が聞こえてきそうだが、本当にそうなのだろうかと問いたい。少なくとも、ソクラテスは死んだという事実は大昔のことであり、確かにこの結論通りになった。いや、本当に死んだのか?とも問いたい。そんなことまで疑うのは気でも違ったかと言われるかもしれない。しかし、デカルトも言っているように、”真理を探究するには、生涯に一度は全てのことについて、できる限り疑うべきである”。もし真理に興味がない、というのなら論じる必要はないだろう。世には議論遊びに身を投じて、実は論理に無関心な者が多く見受けられる。これは筆者にとって悲しいことで、結論に達せず延々と前提が続くなどとは、恐ろしく時間の無駄にも思える。

ところで、結論を得ることに何の価値があるのだろうか?ひとつは学問の探究には不可欠であることだ。もし結論がなければ論文は書けない。そして技術者的立場からも、結論に達することは非常に重要である。最も恩恵にあずかっているのは確率だろう。確率によって導きだされた結論によって、迅速に妥当な判断が下される。

ビジネスにおいても結論は必要だ。時折会議の中で、「結論を出す必要はない。議論を進めればいいのだ」という人がいる。しかし企業は経営でなりたっているのであり、何かしら利益を生む結論を導かなければならない。議論を進めるだけでは利益は出ないだろう。

以上のことから結論の重要性、それを導くために論理が必要であることが分かっていただけただろうか。ところで我々は日々日常を生きていても、実は不思議と推論を行い、結論を出しているということを知っておくべきである。

  • 夕方から曇り始めた。明日は雨だろう。
  • 彼は息をしている。だからまだ生きている。

これらも一種の論証である。このような問題なら考えなくても結論がでるかもしれないが、さらに難しい問題、例えば地球全体の平均気温があと何年でどのくらいなるだとか、恐竜はいつ滅んだのだとかいう場合、簡単には答えがでないだろう。 時には本当でないことを、本当だと教えられていることもあるかもしれない。事実歴史の中ではよくあることなのだ。人々が地球が平らだと長年信じていたように、現代の我々が信じていることも本当でないかもしれない。一方で円周率が小数点以下延々と続くという、決して揺るがない真理もある。

論理によって結論を信じて良いかを判断できる。確実に信じることのできる結論もあれば、おおよそ信じても良いというレベルのものもある。そういった場合でも、どのくらい信じて良いものなのかを分析することができる。

論証には必ず前提をもち、結論がある。ただこれだけである。あとはそれが複雑になったときに、パズルの解き方のようなものがあるだけなのだ。まずは前提と結論で物事を考える訓練を日々行うと良い。そうすれば、おのずと疑いから論理の学習が進むようになるに違いない。